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【翻訳】モダン嫌いのPVが語る、モダンは良いフォーマットに変わった!なぜ?

      2016/06/18

BannerHedronCrab

暴走するメタ、次々と繰り返される禁止と解禁、何かと変化が激しく荒れることもあるモダン。しかし今がモダンをするなら一番楽しい時期だと、マジックを代表する強豪プレイヤーの一人であると同時にモダンへの批判で知られる、Paul Vitor Damo da Rosa(通称PV)が力説。健全な環境とは何か、これからのモダンはなぜ最高に楽しいのか、チェックしてみよう。

原文はこちら
Modern’s Better Format Now Why? by Paul Vitor Damo da Rosa

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翻訳

僕は今までモダンのファンでなかったことは隠しようがない。最初にモダンが登場した時、高レベルの競技でやるには欠陥がいくつかあると感じて、モダンを何年もやり続けていくうちにその気持ちは大きくなっていった。僕は自分の意見は今までも発信してきたから、今やモダンアンチの代表格みたいになってしまった。プレイマットに「モダンはクソだ」とサインするように頼まれたことも1度ではない。しかし、そんな僕でさえも、現在のモダンは楽しいフォーマットで、プレイしたいと感じる。2か月前は出る見込みのなかったモダンのWMCQに出たいと思っていたほどだ

しかし、それはどうしてか?なぜ僕は前よりもモダンが好きになったのか?

★モダンはもうプロツアーのフォーマットではない

これはフォーマット全体にとって素晴らしい事だ。ウィザーズはモダンのプレイテストにはあまり時間を使わないと何度も言ってきた。もちろん、カードをデザインする時には考えていたが、テストの根幹は(それが全てじゃないとしても)スタンダードが良いフォーマットであることだ。それでも、見落としは起こる、例えばプレイヤーが新しいスタンダードでマナベースをどんな方向に推し進めていくか、比較しきれないこともある。これはしょうがない、なぜなら10人程度がフォーマットをぶっ壊れないように組み立てても、およそ10,000人がそれを打ち破ろうとしているからだ。プロツアーがあれば、さらに100人の最強プレイヤーがフォーマットの戦いを突破しようとするわけで、ウィザーズが見落とした何かを発見する可能性は十分あるんだ。

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例えば、つい最近2つのグランプリとMOCSがあったが、それでも探検する余地はまだまだあると言える。ナヒリは実際どれくらい強い?青いデッキと黒いデッキ、どちらで使う?《真髄の針》を増やすべき?もっと思い切った、例えば《士気溢れる徴集兵》はどうか?《不屈の追跡者》は使える?《ウルヴェンワルド横断》はどうか、それらは他のデッキで使えるか?他に《祖先の幻視》を使えるデッキは無いか?《飛行機械の鋳造所》デッキは?ドレッジヴァインは行けるのか?そこに《傲慢な新生子》は入るか?《ゴブリンの闇住まい》と《爆裂/破綻》コンボを搭載したデッキは?

これらは全部、まだ答えが出て来ていない問いだ。もちろんそれぞれに意見はあるが、誰もが納得する答えは示されていない・・・例えばジェスカイナヒリとマルドゥナヒリのどちらが強いのかは分からない(個人的には《未練ある魂》が強いからマルドゥだと思うけど)。この状態のおかげで僕はフォーマットを探求してプレイしたいと思えるようになる。なぜなら、僕が何かを発見できるかもしれないし、それは見返りになり、楽しくて興味を惹かれ、単純に既存のデッキを1日8時間延々とぶつけ合うよりもずっとやりがいがある。これは2つのグランプリとMOCSの後でも変わらない。

それらの中にプロツアーが混じっていたら、これらの謎は全部解かれてしまっているだろう、なにしろ400人もの献身的で気合いの入った連中がフォーマットを解き明かそうとして、その中の1人でも答えを見つけたら、世界中の人々が答えを知ってしまう。ひとつの素晴らしいトーナメントの後は、一年ぐらい他の全てが同じになってしまう。単純に言えばフォーマットがつまらなくなる。

モダンはローテーションが無いフォーマットだから、フォーマットの答えが見つかったり、ぶっ壊れた何かが発見されると、それが長期間続くからスタンダードより影響がデカい。たとえぶっ壊れたデッキが無くても、同じような環境をずっと繰り返すのは退屈だ。フォーマットを退場するカードが無く、新しく追加されるカードは大抵フォーマットを変えるほどのカードパワーは無い。そのためにウィザーズは定期的に問題のあるデッキを修正したりフォーマットに少し変化を加えるために、禁止を作ることを嫌でも強制される。プロプレイヤーの結果に対して行われる禁止は、プロでないプレイヤーに甚大な被害を与える。彼らは時間とお金をかけて1個のデッキを作ってそれを使い続けるからだ。モダンの人気があるのはまさにそれが出来るからだ・・・君は何か月も時間をかけてデッキをくみ上げたらそれを何年も使い続け、そこまでお金をかけずに少しずつデッキを改善していくことが出来る・・・そして競技プレイに向けた禁止はそれを出来なくする。

レガシーでも似たような事が言える。レガシーをやるのは楽しくて大好きだけど、プロツアーのフォーマットにするべきではないと思う。最初の問題はカードの入手が困難だという事だ。前のプロツアーで20枚の《荒野の確保》を手に入れるのに人々は苦労した・・・想像してほしい、これが《Candelabra of Tawnos》や《帝国の徴募兵》だったら?二つ目の問題は、レガシーはおそらくプロツアーが開催されることによってプロプレイヤーが行う精密な環境の調査に耐えられないと思うからだ。レガシーが健全なフォーマットとして生き残っているのはそれを打ち破ろうとする動機付けが働かないからだ。これによって、例えば20種類のレガシーデッキが存在して君が好きなものを選んで使うと言うシナリオが成り立つ。しかし、もしプロツアーがレガシーで開催されたら、その20のデッキがプロツアーに次ぐプロツアーでどんどん消えて行く事になるだろう、なぜならあるデッキが他のどのデッキより強力だとプロツアーで明らかになって行くからで、その時点で、君が持つデッキを諦めるのはあまりにも負担が大きすぎる。

総合して、プロツアーからモダンを外すことは、プロかそうでないかに関係なくみんなにとって良い事だ。ウィザーズがフォーマットをサポートし続けていれば、ただそれだけで禁止をしなくても多様なフォーマットになる。

★より包括的な回答をプレイできる

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ウィザーズは禁止と禁止解除で良い仕事をしてくれた。僕は以前「《欠片の双子》の禁止は間違いだった」と禁止されたときには書いたが、新しい禁止と禁止解除と組み合わせたら、フォーマットは健全になったと思う。当時、僕は双子デッキが環境を圧迫して禁止するべきだと認めてはいたが、青がフォーマットで人権を確保するための必要悪だと思っていた。しかし《ウギンの目》が禁止され、《祖先の幻視》が解禁され、さらにナヒリのような素晴らしいカードが印刷されたおかげで双子の禁止は納得できるようになった。もうそれらのデッキは瞬殺コンボが必要じゃなくなったからだ。

多くの人々が、プロプレイヤーは青が大好きで、それゆえに「青が好きだから青が弱いフォーマットは我慢できない」と思い込んでる、しかしそれは正確ではない。プロが青を好きな理由は、青が包括的な回答を供給してくれるからだ。青は最強の色である必要も、強い色である必要すらない・・・ただプレイアブルであればいい。青はプレイアブルでなければならない、もしそうでなければ、フォーマットが正しい脅威に正しい回答を正確に引くだけのものになってしまう。モダンのような多様なフォーマットでは、一つのデッキが環境の10%も存在することは稀で、君が正確な回答を得ることは非常に困難だ。ありとあらゆる対策カードをサイドボードに4枚ずつ積み込むことは出来ない。その結果、君は1~2枚ずつ対策カードを入れるか、いくつかのデッキを対策して他を無視するしかなくて、それはどちらのプレイヤーにとっても楽しくない。

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青は複数のコンボデッキに回答できるカードにアクセスすることが出来る。サイドボードに特別の対策カードを各アーキタイプごとに用意しなくても、メインデッキに《差し戻し》、《呪文嵌め》、《マナ漏出》、《呪文貫き》、《謎めいた命令》、《ヴェンディリオン三人衆》などを入れられる、どれも全てのコンボデッキに対してゲームを成立させるカードだ。双子が禁止されたとき、このような包括的回答を得る手段は手札破壊しかなかった・・・《思考囲い》、《コジレックの審問》、そしてリリアナだ。モダンの歴史において、プロツアーレベルの競技でジャンクやジャンドが人気だったのは、それが全てのデッキと戦える限られた手段の一つだったからだ。今回の禁止と解禁で、君は青いデッキを再び均衡レベルに持っていける。青いデッキがあるから、さらに青に強いデッキも力を増していくだろう。

もう一度モダンをレガシーと比べて考えてみるなら、それらの青いカードは《意志の力/Force of Will》と同じ役目を果たす。レガシーは面白いが、もし《意志の力》が無かったら、誰もかれもが2ターンで死んでしまう酷いフォーマットになっていたはずだ。《意志の力》があるという事実があるからこそ君はそれに順応する必要があり、たとえ自分で使わなくてもその結果フォーマットは健全になる。あらゆるデッキが相手を妨害するカードをスロットに入れる必要に迫られ、それらのデッキは遅くなり、結果として君の白ウィニーでもダメージレースを挑むことが出来る。《差し戻し》は《意志の力》ではないが、モダンのコンボデッキはまだ遅いから《意志の力》は必要じゃない。

今のモダンはレガシーに近い状態だから、健全なフォーマットになったんだ。

★これからのモダン

今の時点ではモダンは健全だ。コンボデッキがあり、アグロデッキもあり、いくらかコントロールも存在して、それらの隙間のデッキもある。MOCSでは、13人のプレイヤーから11種類の本当に違うデッキ、それも似たようなデッキではなく全く違う名前を与えられたアーキタイプだ。GPシャルロットではトップ8に7種類の異なるデッキが出てきた、どれもクールで個性的なデッキだ。マーフォークでさえもGPで優勝してみせた、これはまるで彗星のような、年に1回程度ある不可解な現象だろう。一番うれしかったことは、これらのデッキがどれも現実的なデッキで、大半が「普通の」デッキだったことだ。これらのデッキは特別な回答が必要なコンボデッキではない、ただ愚直にクリーチャーで殴るかコントロールをしていくデッキだ。GPを優勝したコンボデッキ(《むかつき》)も決してこれまでのような不健全なデッキというほどではない。普通のデッキだ。今のモダンは自分が使いたいデッキを何でも使って結果を出すことが出来る環境なんだ。ジャンドが30%、エルドラージが50%を占めるようなこれまでのメタゲームとはまるで違う。

それを踏まえても、ちょっとだけ心配なデッキも二つある。感染と親和だ。これらのデッキは使うプレイヤーは減って来てるけど、それでも頭一つ抜けている気がする。感染は明らかにモダン伝統の「4ターン」ルールを破っている、時には「3ターン」ルールも。このデッキに負けるのは本当に不愉快になりかねないから、僕はこのデッキは少し遅くなって欲しいと思う。

親和はまた違う。「4ターン」ルールを破ることは無い(3ターンキルが起こる場合もあるが)が、場合によっては最初のターンでもう勝てなくなってしまう事がある。君が4ターン目に負けることが分かっていれば、3ターン目に負けるかどうかは関係ない。親和はモダンの中で「サイドボードを引くか死ぬ」デッキの最たるものだ、つまり対策カードを引かなければ倒すのは非常に困難で、対策カードを引ければ簡単に勝てる。何年の間この状態が続いていたが、驚いたことに何の行動もされていなかった。さらに悪い事に、サイドボードが無くてもこのデッキに勝てる貴重なデッキ(欠片の双子)が逝ってしまった。サイドボードの20%に親和に強く他のデッキには弱いカードを入れなくて済むほうがフォーマットは健全だと思うし、「これを引けたかどうか」に依存するゲームが減る事でもフォーマットは健全になると思う。

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理論上はそれらの問題を解決するために禁止を加えることもできるが、今はそれをするべきタイミングだとは思わない。プレイヤーは今フォーマットがどうなっているのか分からないからだ(それにプロツアーの心配もする必要は無い)。もし《ウギンの目》と一緒に《頭蓋囲い》も禁止しておいたらフォーマットはもっと健全になっていたかもしれないが、もう過ぎたことだし、今はいったん待って様子を見るべきだ。カードを禁止することはトリッキーな判断が必要な問題で、これは利益よりも損失が大きいシナリオだと思う。

それよりも、これらのデッキが増えすぎたならそれを抑えるのはプレイヤーの役目だと思う。幸運なことに親和は簡単に対策出来るから、大量の対策カードの前に環境を支配することは無いだろう。感染は対策カード(《呪文滑り》など)が回答しやすいから、対策カードで抑え込むのは楽ではないが、もし問題になるなら軽い除去や《未練ある魂》を使って勝てるようにデッキを調整することは可能だ。君がこれらのデッキの存在を忘れていなければ、これらのデッキは大きな問題を起こすことは無い、そして、君がもし忘れていたら、トーナメント1回で分からせてくれるだろう。

(翻訳終了)

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